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    刑事事件における基本理念

  自白事件に対する当事務所の基本的立場

 以前、あるサラリーマンの少女売春行為の刑事弁護活動をしたことがあります。
 2回目のために実刑は、やむを得ない事案でした。
 刑事裁判では、そのサラリーマンと同棲し結婚間近だった女性からの嘆願書がでました。
 (被告人の希望により、その女性は法廷に来なかった。)
 その嘆願書には、
 @被告人が、離婚歴があり幼児を抱えている彼女と知り合い、現在同棲し、結婚間近だ
  ったこと
 A彼女と彼女の子供のために一生懸命働いてくれ、給料もほとんど全部入れてくれてい
  たこと
 B被告人のために彼女と子供達は助かったことなどが述べられていました。
 そして、「自分の子供なのに養育費さえ払おうとしない前夫は捕まらず、私たち母子の為
 に一生懸命働いていた被告人は、少女買春というたった一つの出来事のために全人格
 を否定されるのか」と抗議していました。
 この嘆願書には裁判官も感心していました。

 確かに、人には多様な側面があります。刑事裁判は、その人の多様な側面の内、ある一
 面の違法性だけを理由として、その全人格を否定します。
 当事務所での自白事件における刑事弁護活動の基本は、この嘆願書に記載されていた
 「被告人は多様な側面を有しているにも関わらず、一面の違法性だけを理由として、全人
  格を否定されていいのか
」という基本思想が出発点です。

 例えば、福岡で起きた公務員による飲酒運転の死亡事故を例に考えて見ましょう。
 このケースでは、飲酒運転をし、幼子の命を奪い、あまつさえ事故直後に大量の水を飲 
 む等して刑を軽くしようとした事件でした。
 この側面だけをとらえれば、被告人は、幼子の命を奪った極悪犯人であり、さらには、証
 拠の隠滅を図った卑怯な輩です。マスコミは、この一面だけを捉えて、「この世にコイツほ
 ど悪い奴はいない」と報道合戦を繰り広げました。
 しかし、彼は、あらゆる側面で悪そのものというわけではありません。反面では、真面目
 に社会生活を送り、市民にやさしく接する仕事熱心で真面目な青年でした。
 この世に生を受け、生涯一度も法に抵触する行為をしなかった人などいないはずです。
 我々弁護士は、この多様な側面を裁判官に示すことが、その職責だと思っています。


  否認事件に対する当事務所の基本思想

 NHKクローズアップ現代によりますと、米国では、死刑判決を下ろされ、未執行で服役し
 ていた死刑囚124人が、DNA鑑定により無実であることがわかり、釈放されたそうです。
 恐ろしい事実です。
 米国は、日本よりも、被疑者・被告人の人権保障・適正手続きの確保が、はるかに進ん
 でいる国です。にもかかわらず、この現実です。
 自白偏重・調書裁判などと世界から揶揄されている日本では、どれほど、無罪なのに有
 罪とされている人がいるのか、想像がつきません。

 富山の婦女暴行事件、鹿児島の選挙違反事件では、その杜撰な捜査が問題になりまし
 たが、この事件に関わった検事や検察官のレベルは、ごく普通であり、別格、他と比べて
 性悪という評価じゃありません。一人起訴されましたが、あとは不問に付されています。
 ということは、この種の事件は、かなり日常的に行われ、無辜(無罪)の人が処罰されて
 いるのは、実は、日常的な現象ではないかと考えています。

 例えば、鹿児島の選挙違反事件では、県警はかなり早期に被告人らのアリバイを把握し
 ているにも関わらず、無理矢理犯人に仕立てようとしたと報道されています。
 検察庁は、何としても有罪にしようと弁護人を懲戒処分にかけられないかを検討したり、
 無罪の決め手となる証拠を早期に掴みながら法廷には出さず、「その証拠開示を弁護側
 が迫ったらどうしよう」などと検察・警察の合同会議で検討したりしていたとも報道されて
 います。
 鹿児島の事件で検察・警察に共通なのは、「無罪判決がでたら、俺達の職歴に傷が付く」
 という公務員特有の保身の発想しかなく、「99人の犯人を逃そうとも一人の無辜(無実)の
 人を罰してはならない」という刑事裁判の大原則など、全く念頭にないことです。
 問題は、このえん罪事件は、現在の刑事裁判の手続きの延長線上にあり、特殊な例外
 ではないということです。担当刑事の一人だけ起訴され、あとは不問という現実が、それ
 を物語っています。
 一般人の中には、「無罪の人が自白するはずがない」とか、「目撃証人がいるんだから間
 違いない」、「被害者が、この人だと言っているんだから間違いない」と考えているようです
 が、実は、これはとんでもない誤解です。
 自白について言えば、逮捕拘留され、世間から隔離された状態で取調を受けると、頭の
 中はパニックとなり、冷静な思考力は失われ、捜査官の描いたストーリー通りに「自白」し
 てしまうというのは、心理学的には、充分あり得るのです。

 また証人についても、その証言の基となる記憶そのものが、かなりいいかげんです。
 もともと記憶というのは、脳の中では場面・場面で記憶していて、あとから思い出すとき
 に、その場面・場面が矛盾なく時間的に展開されるよう無意識で記憶を組み立てている
 んだそうです。
 しかも、それは、直近の出来事でもそうですから、何ヶ月も前の記憶となると、もうこれ
 は、かなり無意識で、かなりの部分の記憶を「創造」しています。
 しかも外部からの影響で簡単に変容しますから、「犯人を捕まえました」とか「この写真の
 中の誰が犯人ですか」などという質問をすると、記憶というのは、その発言にあわせて無
 意識に変容してしまうのです。
 例えば、Aさん他10枚の写真を見せ、「この中の誰が犯人ですか」という質問をされると、
 もうそれだけで、無意識に、その範囲の中から犯人を選び出すように記憶は変容するの
 です。

 日本では、いまだに、捜査機関が、自ら描いたストーリー通りに一人称形式で調書を作
 り、それを裁判所が読んで判決を書くという、世界でも例を見ない「調書裁判」が行われて
 います。
 こんな刑事司法では、124人の無実の死刑囚がいた米国よりも、はるかに多くの無罪の
 人間が処罰され、あるいは不当に重い刑を受けているのではないかと推測されます。取
 調の可視化は、世界的な傾向で、台湾でさえ採用されていますが、日本では、全く考慮さ
 れていません。
 取調の可視化が実現されてない以上は、弁護人が頑張るより他ないでしょう。




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